脳脊髄液減少症データー集 VOL.1
研究会抄録と最新発表報告
監修 篠永正道・美馬達夫
編著 脳脊髄液減少症研究会
メディカルレビュー社
31名の医師の専門的なデーター集
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序文 脳脊髄液減少症研究会代表世話人
国際医療福祉大学熱海病院脳神経外科 篠永正道
| 交通事故やスポーツ,転倒など比較的軽微な外傷後に長期間にわたって頭痛,頸部痛,めまい,視力低下,集中力・記憶力低下,倦怠など多彩な症状で苦しんでいる患者にとって脳脊髄液減少症は光明を与えている.全国で数千人の患者がこの疾患と診断され治療を受けている.どの病院でもおおむね7割くらいの患者がブラッドパッチなどの治療で症状が改善している.しかしあまりにも斬新な発想のためかこの疾患はさまざまな批判,反論にさらされており,保険会社の治療費不払いや,診断・治療が健康保険で認められないための患者の経済的苦痛ははかりしれない.保険会社は異議を申し立てる患者に対し債務不存在なる訴訟を起こし,ただですら心身が病んでいる患者に経済的・精神的な追い討ちをかけている. 2007年4月に山形大学の嘉山教授が代表となり,厚生労働省の班研究「脳脊髄液減少症の診断・治療の確立に関する研究班」が発足した.脳神経外科学会,整形外科学会,脊髄外科学会,頭痛学会など関連学会から分担研究者が集まり,3年計画で研究を進めることになったのは大きな進歩である.しかし分担研究者の多くはこの疾患をほとんど経験していないという問題点も指摘したい.2006年10月に脳脊髄液減少症研究会は「暫定ガイドライン」を発表した.国際頭痛学会が頭痛分類第2版のなかで低髄液圧による頭痛の診断基準を発表していたが,この基準は外傷例を扱ったものではなく曖昧な点も多くみられる.脳脊髄減少症研究会が作成したガイドラインは現時点でもっとも実践的なガイドラインであり,2007年2月にガイドラインの検証をふくめた研究会を行った.この研究会をふまえ4月に『脳脊髄液減少症ガイドライン2007』が発刊された.研究会では脳脊髄液減少症の診断,治療,社会的問題に関してハイレベルの発表と討論がなされた.ここで発表されたデータを報告集として発刊することはさまざまな批判,反論に対する答えにもなり,この疾患の理解を深めるためにも大変意義深いと思われる.脳脊髄液減少症の研究はまだ緒についたばかりでありこのデータ集が研究の一助になることを願っている.RI脳槽・脊髄液腔シンチグラフィの方法やブラッドパッチの方法など実践的な内容も含まれておりこの疾患の診療経験が浅い医師にも診療の手引きになるデータ集である. 2007年9月 |
脳脊髄液減少症研究会事務局長
山王病院脳神経外科
美馬達夫
| 序 文 脳脊髄液減少症研究会の来し方の記 この本は,『脳脊髄液減少症ガイドライン2007』の姉妹編ともいうべきものである.今回,これまでの研究会の全抄録,そして直近(2007年2月)の第5回脳脊髄液減少症研究会の研究報告(proceedings)を掲載する.また,過去の発表に関しても,発表者が訂正あるいは追記したい場合には,追加報告として掲載できるようにした.次回の研究会からは,開催ごとに研究報告を作成し,追加報告の方式も継続する予定である. 篠永正道医師が,2002年にテレビ朝日のニュースステーションに登場して以来,低髄液圧症候群(脳脊髄液減少症)という疾患は社会的にはパニックを引き起こし,誰も彼もが篠永医師のいる平塚へと押しかける事態が生まれた.世間の高い注目度とは逆に,医学界からの反応は冷淡でバッシングも強かったが,篠永医師の考え方に基本的に賛同し,ブラッドパッチ治療を始める医師たちが少数ながら全国に現れ,この研究会への流れを作った.これらパイオニアの医師たちは(私もその末尾に連なると自負しているが),損保会社との折衝や,患者からしばしば要求される無理難題等々に悩まされつつ,同時に,診断と治療法を確立していくうえで,現場での試行錯誤の苦労を重ねてきた.例えば,腰椎部あるいは胸椎部からのブラッドパッチを繰り返してもあまり改善しない症例に対して,頸椎部からのブラッドパッチを追加することは,現時点では,いくつかの施設ではそれなりに「当たり前のプロトコール」になっているかもしれないが,2003年に頸椎パッチを行うには,それなりの勇気と覚悟を要した(もちろん,患者はそれ以上だったわけであるが). したがって,この研究会は現場で悩む医師にとってとても重要な意見交換の場であったが,討議の内容をそのまますぐに患者に公表することは,患者に与える影響が強く,ただでさえ患者はブラッドパッチ治療に迷い,インターネットの情報などに右往左往している状況下で,デメリットがあまりに大きすぎた.以上の理由もあり,初回の研究会は患者も参加したが,2回目以降は医療従事者のみの参加とし,研究会の抄録も公表せず,研究報告書も作成しなかった.もっとも,上述のパイオニアの医師にとって,病院に押し寄せてくる患者への対応だけで精一杯で,執筆どころでなかった面もある. 今回,私たちが果たせていなかった義務を,すべて吐き出すような形で果たすことになる.そういった日が今日来たということは,逆にいえば,私たちパイオニアの医師にとっては,患者に何を知られても困らない,すなわち,この疾患の診断と治療の概略は(難治症例や灰色症例という難問を除いて),実際の医療面からはほとんど知りつくした段階になっているということでもある.おそらく,2004年2月の第1回脳脊髄液減少症研究会の時点が,この新たな疾患に対するあくなき知識欲とそれに対する新発見の提示としてのピークであり,その後はなだらかな情報量の増加ではなかろうか. 私がこのように「だいたいのことはわかってしまった」と豪語してみても,社会医療面に目を向ければ,医療保険はいまだに使えないし,損保会社の治療費の支払い拒否やそれに関する裁判の増加など,道のりは遠い.誰にでも納得できる診断基準の作成や,治療法をランダム化して効果判定をするエビデンスの高い研究などは,英語でいうところのきわめてtediousな作業であり,やらなければならないが退屈である.2007年4月に厚生労働省の研究班が,脳脊髄液減少症のガイドライン作成のために発足した.残念ながら,ガイドラインの作成は今からさらに3年後になりそうだ.「私たち」はもうこんなに進んでしまっているのに,「彼ら」は何故いつまでも「足踏み」をしているのだろうか.本書が『脳脊髄液減少症ガイドライン2007』とともに,保険診療への道をつくるための強力なaccelerator(加速器)となることを願ってやまない. 2007年9月 |