脳脊髄液減少症ガイドライン2007

第T部 脳脊髄液減少症ガイドライン2007
単行本『脳脊髄液減少症ガイドライン2007』 p.15〜p.18掲載
メディカルレビュー社,2007 年4月20日 発行
脳脊髄液減少症
ガイドライン 2007
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委員長
国際医療福祉大学熱海病院脳神経外科/篠永正道
委員(五十音順)
岡山大学大学院医歯薬学総合研究科麻酔・蘇生学/石川慎一
自治医科大学附属大宮医療センター神経内科/大塚美恵子
日本医科大学脳神経外科/喜多村孝幸
国立病院機構仙台医療センター脳神経外科/鈴木晋介
労働者健康福祉機構九州労災病院脳神経外科/竹下岩男
明舞中央病院脳神経外科/中川紀充
山梨大学大学院医学工学総合研究部脳神経外科/堀越 徹
高知県・高知市病院企業団立高知医療センター脳神経外科/溝渕雅之
山王病院脳神経外科/美馬達夫
国立病院機構福山医療センター脳神経外科/守山英二

 
T 脳脊髄液減少症の定義
脳脊髄液腔から脳脊髄液(髄液)が持続的ないし断続的に漏出することによって脳脊髄液が減少し,頭痛,
頸部痛,めまい,耳鳴り,視機能障害,倦怠などさまざまな症状を呈する疾患である.

U 主症状
 頭痛,頸部痛,めまい,耳鳴り,視機能障害,倦怠・易疲労感が主要な症状である.
 これらの症状は座位,起立位により3時間以内に悪化することが多い.
症状についての付帯事項
 脳脊髄液減少症には前記主要症状以外に,多彩な随伴症状のある例が文献上報告されており,その主なものは以下のとおりである.
1 脳神経症状と考えられるもの
 目のぼやけ1,2),眼振1),動眼神経麻痺(瞳孔散大,眼瞼下垂)3,14),複視1,2,4,5),光過敏(photophobia)2,4),視野障害1,2,4),顔面痛6),顔面しびれ4,10),聴力低下7,8),めまい5,12),外転神経麻痺2,9),顔面神経麻痺10),耳鳴17),聴覚過敏(hyperacusis)23)など.
2 脳神経症状以外の神経機能障害
 意識障害13,19),無欲6),小脳失調15),歩行障害14,18),パーキンソン症候群15),痴呆(認知症)21),記憶障害20),上肢の痛み・しびれ4,5),神経根症24),直腸膀胱障害6)など.
3 内分泌障害
 乳汁分泌22)など.

V 画像診断
1.RI脳槽・脊髄液腔シンチグラム
 現時点では,脳脊髄液減少症に関して最も信頼性の高い画像診断法である.下記の1項目以上を認めれば髄液漏出と診断する.
 (1) 早期膀胱内RI集積
RI注入3時間以内に頭蓋円蓋部までRIが認められず,膀胱内RIが描出される
 (2) 脳脊髄液漏出像くも膜下腔外にRIが描出される
 (3) RIクリアランスの亢進25,26)
脳脊髄液腔RI残存率が24時間後に30%以下である
【注意点】
・穿刺後の髄液漏出を最小限にするため,細いルンバール針を用いる.
・注入後3時間は臥床を保つ(RIの早期頭蓋内移行を避けるため).
・座位・立位での漏出をみるため3時間以降は安静臥床を解除する.
・小児の髄液循環動態は不明な点が多く,慎重な判断を要する.
2.頭部MRI
 鑑別診断および脳脊髄液減少症の経過観察に有用であるが,特に慢性期においては下記の特異的な所見を示さないこともあり,あくまでも参考所見とする.なおMRI施行の際には,水平断撮影では脳の下方偏位を見落とす可能性があり,矢状断撮影,冠状断撮影の追加が推奨される.
 (1) 脳の下方偏位
前頭部・頭頂部の硬膜下腔開大,硬膜下血腫,小脳扁桃下垂,脳幹扁平化,側脳室狭小化
 (2) 血液量増加
びまん性硬膜肥厚,頭蓋内静脈拡張,脳下垂体腫大

【注意点】
・“びまん性硬膜肥厚”は決して頻度の高い所見ではないため,この所見を欠いても脳脊髄液減少症を否定できない.
・ガドリニウム造影は,びまん性硬膜肥厚や頭蓋内静脈拡張などの判定を容易にするが造影剤アレルギーに十分に注意する必要がある.
3.MRミエログラフィー
 機種および撮影法の違いによる差が著しいため,参考所見に留める.
 (1) 明らかな漏出像
腰椎筋層間における髄液貯留像
 (2) 漏出を疑わせる所見
硬膜外への髄液貯留像,神経根での髄液貯留像,腰部くも膜下腔外での砂状のT2強調高信号

W その他の診断法
1.腰椎穿刺での髄液圧
 一定の傾向がなく正常圧であっても脳脊髄液減少症を否定できない.
【注意点】
・初圧が6cm水柱以下の時は脳脊髄液減少症の可能性がある.
・脳脊髄液の性状については一定の傾向はみられない.
2.硬膜外生理食塩水注入試験
 腰部硬膜外腔に生理食塩水を20〜40mL程度注入し,1時間以内に症状の改善を認めた場合には脳脊髄液減少症の可能性が高い.鑑別診断すべき疾患
@機能性頭痛(緊張型頭痛,後頭神経痛,片頭痛,群発頭痛など)
A頸椎捻挫(椎間板症,椎間関節症,神経根症,筋筋膜性疼痛など)
B頸椎変性疾患(頸椎症,頸椎椎間板ヘルニアなど)
C中枢神経脱髄および変性疾患(多発性硬化症,脊髄小脳変性症,パーキンソン症候群など)
D脳梗塞,良性頭蓋内圧亢進症,正常圧水頭症,脳・脊髄腫瘍,甲状腺疾患,副腎疾患,膠原病,結核,
うつ病,メニエール病,関節リウマチなど

X 治 療
1.保存的治療
 急性期はもとより慢性期でも一度は保存的治療を行うべきである.
 治療例:約2週間の安静臥床と十分な水分摂取(補液または追加摂取1000〜2000mL/日)
2.硬膜外自家血注入
 (ブラッドパッチ,EBP; epidural blood patch)
 保存的治療で症状の改善が得られない場合は硬膜外自家血注入が推奨される.
【注意点】
・RI脳槽・脊髄液腔シンチグラフィーまたはMRミエログラフィーで漏出部位が同定できるか疑われる場合はその近傍から施行する.
・可能であればX線透視下で穿刺し,硬膜外腔に確実に注入する.
・注入時に強い疼痛を訴えた場合は,その部位での注入を終了し投与部位を変更する.
・標準注入量は腰椎:20〜40mL,胸椎:15〜20mL,頸椎:10〜15mL.
・治療後は約1週間の安静が望ましい.
・同一部位への再治療は,3ヶ月以上の経過観察期
間を設けることが望ましい.

おわりに
 脳脊髄液減少症(cerebrospinal fluid hypovolemia)は,従来,低髄液圧症候群(intracranialhypotension)と称されていた病態と類似した病態であるが,多くの症例で髄液圧は正常範囲内であり,原因は髄液圧の低下ではなく脳脊髄液の減少によると考えられるので,脳脊髄液減少症をより適切な疾患名として採用した.脳脊髄液減少症は今まで必ずしも正確な診断がなされてこなかったため,他の病名(慢性頭痛,頸椎症,頸椎捻挫,むち打ち症,うつ病等)にて治療されてきたことも少なくない.関連文献はまだ少ないため,
診療経験の乏しい施設では現在,混乱が生じている.本ガイドラインは,脳脊髄液減少症に関してより豊
富な診療経験をもつ施設の診療基準をもとに作成し,より多くの施設で診療が可能となることを目的とした.脳脊髄液減少症は,まだ病態や発症機序,検査法,治療法については未解決な部分が多く,このガイド
ラインは暫定的なものであり,今後も1年ごとに改訂作業を続ける予定である.

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